先生があなたに伝えたいこと
【吉田 宏】人工股関節全置換術における前方アプローチ(Direct Anterior Approach:DAA)は、手術における患者さんのリスク低減につながります。
社会福祉法人 恩賜財団 済生会横浜市南部病院(現 特定医療法人財団 慈啓会 大口東総合病院)
よしだ ひろし
吉田 宏 先生
専門:股関節
吉田先生の一面
1.休日には何をして過ごしますか?
近所のプールで泳いでいます。大体1kmは泳ぎますよ。
2.最近気になることは何ですか?
防空識別圏や秘密保護法など、最近は特に気になるニュースが多い気がしますね。
Q. 先生は股関節がご専門です。そこで今回は、股関節を人工股関節に置き換える、人工股関節全置換術(じんこうこかんせつぜんちかんじゅつ)について教えていただきたいと思います。まず、この手術の適応となる疾患にはどのようなものがあるのでしょうか?
A. ほとんどが変形性股関節症と考えてよいでしょう。変形に至る要因としては、主に、先天性の臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)や、後天性のペルテス病(※)などがあります。また、その他にも大腿骨頭壊死(だいたいこっとうえし)などが要因となります。大腿骨頭壊死は、進行してしまうと、変形した骨頭部分が臼蓋を傷付けてしまい、結局は臼蓋にも変形が起こって変形性股関節症を発症してしまうのです。また、変形性股関節症の一種としてRDC(Rapidly Destructive Coxopathy)という疾患もあります。
※ペルテス病:大腿骨の骨頭の血行が悪くなり、壊死してしまう病気。3~8歳の活発な、小がらな男の子に多くみられる。
Q. RDCというのは初めて聞きました。
A. RDCとは急速破壊型関節症といって、短期間に股関節が破壊されてしまう病気です。骨粗鬆症(こつそしょうしょう)が原因の一つとも言われていますが、実はまだよくわかっていません。軟骨なども潰れて急に痛くなるものですから、すぐに人工股関節手術の適応になります。ただ手術後、それがRDCだったのかどうかわからなかったという場合もあります。
Q. そうなのですね。次に、MIS(最少侵襲手術)という言葉をよく耳にしますが、人工股関節全置換術の手技にも種類があるのですか?
A. MISというのは、侵襲を少なくした人工関節手術のことです。最小侵襲術という言い方が正確かどうかわかりませんが、手術のための皮膚切開をなるべく小さくしましょうということです。切開があまり小さくても、無理に広げることで皮膚を傷めますので、なるべく小さくします。患者さんからすれば、切開が大きいほど術後に痛みを訴えられます。
Q. 患者さんからそういうお声が?
A. はい。最初にMISを行ったのは、大腿骨頭壊死における人工骨頭置換術(じんこうこっとうちかんじゅつ)でした。その患者さんは以前に片側の手術をしていた方で、手術後、「先生、今回は前ほど痛くないですけど、何か特別なことしました?」と聞かれました。MISをやる意味があるなと思いました。また、手術の種類といえば、以前は後側方アプローチで手術をしていましたが、現在は、ほぼ全症例において、前方アプローチ(DAA)で手術を行っています。
Q. 前方アプローチとは?
A. 股関節の前方から侵入することで、切開を最小限にし、かつ筋肉を切ることなく手術ができるのです。筋肉の付着部をはがすということはありますが、筋肉をざっくりと切ることはありません。
Q. 手術手技としてはどういった点が優れているのでしょうか?
A. 前方アプローチでは患者さんは仰向けに寝ます。後側方アプローチは横向きです。横向きですと、術中に体が傾いて骨盤が動き、余分な力がかかることで、骨盤側に入れるシェルの設置角度がどうしても少し不安定になってしまっていました。正確に入れるためにナビゲーションシステムを採用するという手段もありますが、手術時間が長くなってしまいます。ナビゲーションシステムを使わずに正確に入れる方法として、DAAは大変優れていると思います。
Q. 技術的に難しい点はありますか?
A. そうですね...。後側方からですと人工股関節を入れやすいのですが、前からですと、脚を反対折りで、イメージとしてはフィギュアスケートのイナバウアーのような格好をしないと、人工関節がうまく骨髄に入らないのです。私の場合、骨の見えやすい痩せた方から始めて、適用をどんどん広げていきました。
Q. 患者さんにとっては、DAAのメリットは大きいのでしょうか?
A. ええ。後方と違って筋肉や靭帯を可能な限り、切らなくてよいということと、より正確な角度位置が得られるという両方で、手術後の最も懸念される合併症である脱臼の危険性が減らせます。また筋肉を切らないことで、手術中に人工股関節の安定性が試せるのです。実際に曲げてみて脱臼のリスクがありそうなら、リスクを下げるべく処置ができますし、脚の長さの調整も行えます。後側方アプローチでは筋肉を切ったあと再縫合しますので、人工股関節を入れてしまえば動かすことができません。糸が切れてしまいますから。
Q. 脚の長さの調整とはどういうことですか?
A. 悪くなってしまった股関節は、大腿骨が正常な股関節より少し上部に位置します。ですので、可能な範囲で筋肉を伸ばして下げ、人工股関節のシェルを設置するのですが、その設置位置の微妙な調整が行えるということです。人工股関節を入れることで多少なりとも長くはできますので、それによって両脚の長さを極力揃えるようにするのです。
Q. 患者さんにはさまざまなメリットがあるといえそうですね。人工股関節全置換術においては、どのような症例でもDAAが可能なのでしょうか?
A. 可能だと思います。ただ現時点では、「短縮骨切り」を併用して全置換を行う場合は、後側方アプローチを採用しています。ですが、これも近いうちにはDAAに切り替える予定です。
Q. 短縮骨切り術について、少し解説をお願いします。
A. 短縮骨切りは、高位脱臼(こういだっきゅう)に対して行います。高位脱臼も変形性股関節症のひとつで、股関節が極端に上にはずれてしまっている状態をいいます。高位脱臼股の手術の際、一度に戻せる距離は約4cmが限界だと言われています。4cmを越えてしまうと、神経を伸ばしすぎて麻痺してしまう可能性があり、そのままでは先ほど言ったような脚の長さの調整をすることができません。そこで、まずは重要な筋肉の付着する大転子を避けて、その下から大腿骨の骨切りをして短縮します。これを短縮骨切りといい、そのあとに全置換術を行って人工股関節を設置します。
Q. ありがとうございました。ところで、人工股関節全置換術の場合、入院期間はどれくらいになりますでしょうか?
A. 当院では、年齢などにより2週間から3週間でしょうか。ただ、独居の高齢者など、退院に自信がないという患者さんにはリハビリ病院をご紹介して転院していただいたり、適切な生活指導を行うなど、なるべく画一的でなく、その方、その方の状態・状況に合わせた対処をしたいと考えています。
Q. 最後に、手術を受けられた患者さんが、日常生活で気をつけたほうがいいことを教えてください。
A. 退院のときにしっかりご指導しますが、あまり神経質になっていただくことはないと思っています。たとえば正座はOKでも、正座をしてお辞儀をするのは避けたほうがいいですし、とんび座りをするというような、変則的な股関節の曲げ方をしないようにすること、そしてやはり転倒には気をつけていただきたいです。股関節に強い刺激を与えないよう、楽しく前向きに日々を過ごしていただければと思います。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2013.12.5
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
人工股関節全置換術における前方アプローチ(Direct Anterior Approach:DAA)は、手術における患者さんのリスク低減につながります。