先生があなたに伝えたいこと
【楊 裕健】股関節の痛みの治療をされた方は、積極的にこれまで通りに自分のしたいこと(仕事、スポーツ、旅行など)したかったことを楽しんでいただきたいと考えています。
医療法人藤井会 石切生喜病院
よう ひろたけ
楊 裕健 先生
専門:股関節
楊先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
新型コロナウイルスの行方が気になります。私はもともと旅行をしたり、国内外の学会に行ったりすることが楽しみだったので、少しずつそうした日常を取り戻したいです。まだ終息には時間がかかりそうですが、期待して見守っています。
2.休日には何をして過ごしますか?
映画が好きなので、このコロナ禍はテレビで映画を観ることが多いです。また、10年以上ゴルフから遠ざかっていたのですが、屋外で密になることなく身体を動かせるので、昨年から再開し、楽しんでいます。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. 股関節の構造について教えてください。
A. 股関節は、ボール&ソケット構造と呼ばれる形態になっていて、半球状にくぼんでいる骨盤の寛骨臼(かんこつきゅう)に、大腿骨の先端にある球状の大腿骨頭(だいたいこっとう)がはまり込んでいます。関節の構造としては、膝や肘とは違ってシンプルで、自由度の高い動きが可能です。股関節のまわりは筋肉で覆われ、寛骨臼の縁には骨頭のスタビライザーのような役目をする関節唇(かんせつしん)という組織があり、股関節の安定性に寄与しています。
Q. 股関節の代表的な疾患について教えてください。
A. よくみられる疾患は、変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)です。大腿骨頭が変形して関節が炎症を起こし、それによって股関節が破壊されていく疾患です。原因として最も多いのは、寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)といって、生まれたときから寛骨臼の受け皿が浅く、股関節の安定性に欠けるものです。その状態のまま股関節を使っていると、通常よりも早く関節が傷んでしまい、変形性股関節症をきたすことがあります。日本人の場合は、変形性股関節症の患者さんの多くが、寛骨臼形成不全が原因となっている印象があります。一方、アメリカ人などは、単純に体重の重さや重労働など、普段の股関節にかかる負荷の大きさが原因で変形性股関節症になる方が多いといわれています。
次に、大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)があります。大腿骨頭が壊死を起こして破壊され、股関節のかみ合わせが悪くなります。その状態で股関節を使っているうちに、寛骨臼側も破壊されていくこともあります。代表的な原因としては、アルコールの摂りすぎやステロイド治療などが挙げられます。
ほかには軟骨下骨折があげられます。ご高齢の方の場合は骨自体が弱くなっている傾向があるため、転倒まではしなくともちょっとした衝撃や階段の踏み外しなど、ごく軽い負荷によって大腿骨頭の表面の軟骨に亀裂が入り、少しずつ破壊されていくこともあります。
Q. どのような痛みがありますか?
A. 大腿骨頭壊死症の場合は、炎症を伴う痛みが強いので、安静にしていても痛みがあります。一方、変形性股関節症の場合は股関節が損傷しているため、立ち上がる動作や歩行時などに痛みが出ます。
ただし、痛みの感じ方はかなり個人差があります。レントゲン画像で著しい変形が見られても、それほど痛みが強くなく、ADL(日常生活を送るうえで最低限必要な動作)やQOL(生活の質)が損なわれないケースもあります。我々はまずレントゲンで診断を行い、炎症の程度などを確認する一方で、実際に患者さんがどの程度の痛みを感じ、日常生活においてどれぐらい支障が出ているのかも総合的に判断して治療を進めていきます。
Q. 治療法について教えてください。
A. 仕事や家事などに支障がなければ、まずは薬物療法や運動療法などの保存療法を行います。変形性股関節症は関節が破壊され、関節がなめらかに動けていない状態なので、それに伴った炎症が起きています。そのため、身体への負担が少ない湿布などの外用剤を用い、患部に薬効成分を浸み込ませて炎症を抑えます。内服薬であれば、消炎鎮痛剤になります。「痛み止め」という表現をしますが、単純に痛みをごまかしているわけではなく、炎症を抑え込むことによって痛みが和らぐ効果が期待できます。
また、体重が重い方にはダイエットをしていただき、運動療法として股関節まわりの筋肉トレーニングをしていただきます。関節自体が傷んでくるのは、病気が原因というだけでなく、加齢に伴う変化でもあるため、弱くなってくる関節を筋肉で支えることが重要になります。体幹トレーニングなど、筋力を維持する運動を行うことで股関節の痛みが軽減することもあります。
Q. どのような場合に手術を検討するのですか?
A. 股関節の損傷は急激に進むことは少なく、一般的に5~10年かけて少しずつ変形が進んでいきます。消炎鎮痛剤で炎症を抑え込んでいても限界があるため、変形がかなり進み、日常生活に支障がでるようになると手術を検討する流れになります。
Q. 手術には、どのようなものがありますか?
A. 変形が進んでいる場合は、傷んだ股関節を人工物に置き換える人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)があります。変形した骨を切除し、寛骨臼側の骨にカップを設置し、大腿骨の中に芯棒となるステムを挿入します。その先端に骨頭ボールに取り付けて、寛骨臼のカップに収める手術です。
比較的変形が軽い場合、または寛骨臼形成不全の場合は、骨切り術を行うこともあります。こちらは寛骨臼のかぶりを深くするために、骨盤の骨を切ってずらし、大腿骨頭の屋根を作るような手術です。あるいは、骨盤の寛骨臼のまわりをくり抜いて寛骨臼を回転させ、大腿骨頭を覆うようにする手術もあります。ただし、これらの骨切り術はすでに変形が進行している場合は効果が期待できないため、人工股関節置換術を選択するケースのほうが多いです。
Q. 人工股関節置換術のメリットを教えてください。
A. 多くの方が手術後に痛みから解放されています。長く痛みに苦しんでこられた方の中には、手術を受けたあとに「もっと早く手術すればよかった」と言われることもあります。また、膝の人工関節などと比べて、股関節はもともとの構造がシンプルなため、人工物で再現しやすいので手術後の違和感が少ないこともメリットです。
Q. 人工股関節は以前に比べ、進歩してきていますか?
A. イギリスで人工股関節が誕生してから約50年が経ちます。当初は、年月を経ると人工股関節の摩耗や損傷がみられ、入れ換えが必要でした。しかし、材料や加工方法を工夫するなどの改良が重ねられ、現在は耐久性が大きく向上し、30年ぐらいはもつといわれています。
特に、寛骨臼側のカップの内側のポリエチレン素材が進歩しました。以前はこのポリエチレンに、金属性の骨頭ボールがこすれることで、摩耗してくるのが一般的でした。そこで、ポリエチレンにガンマ線という放射線を照射し、化学的な結合を強化させることでポリエチレンの傷みを解消し、以前よりはるかに丈夫になっています。
その他の素材としてはセラミックがあります。セラミックは当初は破損例が散見されていましたが、アルミナ、ジルコニアといったセラミックのもととなる材料の配合比を変えることによって強度が上がりました。
Q. 手術のやり方(手技)も進歩していますか?
A. 昔と比べて低侵襲(身体にかかる負担が少ない)になっています。人工股関節が誕生したばかりの頃は、皮膚を20~30cm切開して手術していましたが、現在は約10cm以内の切開でおこないます。また、股関節は深い場所にあるため、以前はいろいろな筋肉を切って到達していましたが、現在はできるだけ筋肉の間から分け入って、筋肉を温存する手法を行うようになってきました。最小侵襲手術(MIS:エムアイエス)という、筋肉に与えるダメージが少ない手術です。
筋肉があまりダメージを受けていなければ、術後のリハビリもスムーズに進みます。以前は、2~3カ月程度かけてリハビリを行っていましたが、現在は3週間程度です。また、進歩といえば、コンピューターのアシストによるナビゲーションシステムの活用やロボットを使った手術なども行われています。それぞれの患者さんに合わせて、人工股関節をより正確に設置できるようになっています。
Q. 手術の合併症についても教えてください。
A. まずは、感染の可能性があります。手術した場所に細菌が入って繁殖し、抗生物質を投与しても治まらない場合もあります。というのも、人間の生体であれば骨でも、筋肉や内臓でも免疫力が備わっており、細菌感染することは少ないのですが、人工物である人工股関節には抗菌作用がないため、感染を引き起こしやすいのです。感染を起こすと、場合によってはもう一度切開し、インプラントを一度取り除いて処置するケースもあります。
また、足をひねったりすることで脱臼することもあります。ただし、手術で筋肉を切ると、関節がグラグラして脱臼しやすいですが、現在は筋肉をできるだけ温存する低侵襲手術を行っているので、脱臼しにくくなっています。また、ナビゲーションシステムを使って手術を行うことで、インプラント設置の精度も上がり、脱臼の予防につながっています。しかし、転倒や衝撃などによって、脱臼する可能性はゼロではありません。
また、術後の数日は少し安静にするため、エコノミークラス症候群といわれる深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう)も起こりえます。稀に、血栓が肺に移動して肺塞栓症(はいそくせんしょう)という命を脅かすようなケースもあります。安静期間が長いと血栓ができやすいため、できるだけ早期に脚を動かしたり、筋肉を刺激したりすることによって血栓を予防します。また、術後1週間ほどは血液を固まりにくくする抗凝固剤を用いることもあります。
Q. 術後のリハビリは、どのようなことをしますか?
A. 歩行練習と筋力トレーニングを行います。変形性関節症を長らく患ってこられた方は、痛みで脚を踏ん張ることができない期間が長く続いていることにより、筋肉が痩せているケースがあります。そうした方には、筋力を増強させてしっかりと歩く練習をしていただきます。また、患者さんによっては、階段の上り下りや自転車をこぐ練習など、その患者さんにとっての日常生活ができるようになるための訓練を少しずつ行っていきます。
Q. では、先生が医師を志された理由をお聞かせください。
A. 学生時代にバスケットボールをしており、在学中に膝を傷めて4回手術を受け、ずっと整形外科にお世話になっていました。治療を受けるうちに自然と興味が湧き、整形外科医を志すようになりました。
関節が痛いと、歩行をはじめ日常生活に支障が出ます。手術などの治療によって、「再び旅行やスポーツも楽しめるようになった」と多くの患者さんに喜んでいただけます。整形外科医は、とてもやりがいのある仕事だと感じています。
Q. ありがとうございました。最後に、患者さんに伝えたいことはありますか?
A. 人工股関節の手術後に、患者さんに運動をしていいのか、何に気をつけるべきかなどよく聞かれますが、私がいつもお伝えしているのは、「やりたいことをやってください」ということです。そのために手術をしたのですから。仮にそれで負担がかかったとしても、人工股関節の耐久性は上がっているため、簡単に損傷することはありません。転倒による脱臼や骨折など、万一の場合は対処も可能です。私は、患者さんがやりたいことができることが一番だと考えています。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2022.6.23
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
股関節の痛みの治療をされた方は、積極的にこれまで通りに自分のしたいこと(仕事、スポーツ、旅行など)したかったことを楽しんでいただきたいと考えています。