先生があなたに伝えたいこと
【角田 佳彦】人工関節の進歩や術式の改良によって、重度の変形性股関節症や変形性膝関節症も身体への負担が少ない手術が行えるようになりました。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
股関節の仕組みと疾患
Q. まず始めに、股関節の特徴について教えてください。
A. 股関節は、骨盤側にあるお椀のような形をした寛骨臼(かんこつきゅう)という骨に大腿骨の先端にある大腿骨頭(だいたいこっとう)という丸い骨がはまり込む構造の球関節です。関節の周りには様々な筋肉や靭帯が付着していて安定性を保ち、色々な方向に動くようになっています。
Q. 股関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 最も多いのは軟骨がなくなっていって、股関節の周囲に炎症が起きて痛みを感じるようになる変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)です。
日本人は寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)といって、本来大腿骨頭を覆うべき寛骨臼の屋根の軒(のき)の部分が浅いことが多く、一部の寛骨臼に負荷が集中して軟骨が傷む傾向にあります。変形性股関節症の8割以上が女性で、寛骨臼形成不全の場合、40代くらいで症状が出ることもあります。寛骨臼形成不全以外にも、関節が硬く、不安定になることで周囲の関節唇や関節包といった組織に負荷がかかって傷むなどの複合的な要因も考えられます。
股関節の疾患では、近年は高齢者の大腿部頸部骨折(だいたいぶけいぶこっせつ)も増えています。当院でも、骨が脆くなっている方が何かの拍子に転んで動けなくなって救急搬送されるケースが年間100件以上あります。
Q. 変形性股関節症の治療法について教えてください。
A. 手術以外の治療を保存療法と言いますが、いきなり手術になることはなく、まずは保存療法から始めます。炎症を抑える薬や痛み止めを使い、歩行練習やストレッチなどの運動療法を通じて筋力強化や関節の柔軟性を高めることを目指します。股関節にかかる負担を減らすために、必要に応じて減量していただき、杖などの補助具を使うことも検討します。こうした保存療法で痛みが軽減して日常生活を楽に送れるようになる方も多いです。
Q. 保存療法で効果が見られない場合、どのような治療が考えられますか?
A. レントゲンで軟骨の状態を確認し、軟骨のダメージが少なくて痛みが強い場合には腰が原因であることが考えられます。股関節だけでなく腰椎のMRIも撮って判断します。
30代くらいまでの変形が軽度の方には、寛骨臼をくり抜いて角度を変え、"被り"をよくする寛骨臼回転骨切り術(かんこつきゅうかいてんこつきりじゅつ)という方法もあります。自分の骨と関節を活かせるのがメリットです。骨切り術の適応にならない場合には、傷んだ部分を人工物に置き換える人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)を検討します。
Q. 人工股関節にするメリットは何ですか?
A. 人工股関節は、傷んだ軟骨や変形した部分の関節を取り去り、骨盤側に金属のお皿を設置し、大腿骨側には金属のボールと支柱を設置する手術です。関節をスムーズに動かせるようになり、痛みが軽減します。人工股関節置換術は術後の患者さんの満足度も非常に高い手術です。
Q. 人工股関節自体は以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. 金属の表面加工技術や人工関節を構成する素材が年々進歩しています。とくに軟骨の役割を果たすポリエチレンライナーの素材の進歩が著しく、放射線を当てたり、ビタミンを添加したりして摩耗しにくくなったことで人工股関節がゆるみにくくなり、耐久性が向上しました。
Q. 人工股関節の手術の方法も進歩しているのでしょうか?
A. はい。以前は患部に到達するのに、股関節の後ろよりから皮膚を切開して侵入する後方アプローチが主流でしたが、近年は股関節の前方から筋肉の間を縫って股関節に到達することで、筋肉や腱の損傷を最小限に抑える前方アプローチが普及しています。
当院では体への負担を少なくしながら、術後の脱臼を減らすために前方系アプローチの一つであるOCM(側臥位前側方アプローチ)という術式を採用しています。
高齢の患者さんの場合、手術後に転んでけがをしたり、人工股関節がゆるんだりして再手術になることがあります。再手術時も同じ傷口から行えることがメリットです。
膝関節の仕組みと疾患
Q. 続いて、膝関節の構造ついて教えてください。
A. 膝関節は大腿骨(だいたいこつ)、脛骨(けいこつ)、膝蓋骨(しつがいこつ)という3つの骨で構成され、膝蓋骨が筋肉の動きをスムーズに伝える滑車の役目を、大腿骨と脛骨の間にある三日月状の半月板が衝撃を吸収する役割を果たしています。そして関節の周囲にある4つの強靭な靭帯が膝の動きを安定化させ、スムーズに動くようになっています。
Q. 膝関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 膝関節の疾患で最も多いのは、軟骨がすり減ることで周囲の関節が炎症を起こして痛みを感じるようになる変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)です。変形性膝関節症の原因としては加齢もありますが、若い頃スポーツで膝を酷使していたり、半月板を傷めた影響で軟骨が削れたりすることもあるので、はっきりと原因がわからないことがあります。
変形性膝関節症の患者さんの8割以上が女性で、60代以上に多いのですが、スポーツで膝を酷使してきた人の中には30~40代で変形が見られることもあります。
Q. 変形性膝関節症の治療法について教えてください。
A. まずは手術以外の治療法を試みるべきです。股関節と同様に痛み止めや抗炎症薬を使い、症状によってはヒアルロン酸注射も行って様子を見ます。O脚の場合、足底版(そくていばん)という特殊な靴の中敷きを使って外側に力を逃がすように荷重を調整する方法もあります。
Q. 保存療法で症状が改善しない場合、他に治療法はありますか?
A. 軟骨や半月板が傷んでいる場合に関節鏡を使って縫合する、あるいは変形が軽度で軟骨が残っている場合には高位脛骨骨切り術(こういけいこつこつきりじゅつ)という方法もあり、年齢や症状に応じて判断します。いずれの適応にもならず、変形が重度で痛みが治まらない場合には、傷んだ箇所を人工物に置き換える人工膝関節置換術(じんこうひざかんせつちかんじゅつ)も検討します。
Q. 人工膝関節置換術の手術手技も進歩していますか?
A. 3次元の術前計画など、コンピュータを使った手術支援技術の進歩で、手術がより正確に行えるようになりました。術前にCT画像を基にどれくらい骨を切るか計画し、術中も執刀をガイドしてくれるナビゲーションシステムを活用しながら、インプラントを設置する角度や靭帯のバランスに細心の注意を払って手術を行います。今後は手術支援ロボットも導入されていくことでしょう。
Q. 股関節、膝関節の疾患の治療には本当にさまざまな治療法があるのですね。先生が日々の診療で心がけておられることと、痛みに悩んでいらっしゃる方へのアドバイスがあれば教えてください。
A. 「近くのスーパーまで歩けるようになりたい」「また旅行に行けるようになりたい」など患者さんの望みは様々です。まずは関節の状態を確認し、生活習慣などもお伺いしながら、一緒に最適な治療法を考えていくことが大切です。関節の痛みで困っていることがあれば、一人で悩むのではなくまずはお近くの専門医にご相談することをおすすめします。
Q. 先生が医師を志されたきっかけがあれば教えてください。
A. 高校生のときに体育の授業中、目の前で同級生が突然倒れて亡くなりました。当時彼を助けられず悔しい思いをしたことがきっかけです。
いまは、治療を通じて患者さんが元気になっていく姿を見られるところに日々やりがいを感じています。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2022.7.4
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
人工関節の進歩や術式の改良によって、重度の変形性股関節症や変形性膝関節症も身体への負担が少ない手術が行えるようになりました。