先生があなたに伝えたいこと
【岩城 啓好】術後の成績や満足度を高めるためには、患者さん一人ひとりが股関節・膝関節の状態をしっかりと診てもらって、手術法を「選択」できることが大切だと思います。
Q. この度、ご自身で病院を始められました。その理由を教えていただけますか?
A. 今年(2013年)の夏に開院しました。それまで10年間、大学病院に勤務していて、大きな組織でのやりがいもありましたけれど、身近な地域の患者さん、あるいは患者さん一人ひとりのニーズによりきめ細かく応えられる医療を目指して、自分で病院を始める決意をしました。
Q. 先生の目指す病院像とは?
A. 整形外科を中心とした、専門性の高い高度な医療をご提供すること。それに並行して、地域住民の方々と密接に関わりながら、医療面で十分なサポートを行うことのできる病院です。
Q. 人工関節センターを併設されているのも、専門性の高さの表れだと思います。そこで具体的にお伺いします。まず、股関節の疾患にはどのようなものがあるのでしょうか?
A. 日本人の場合はおよそ8割が変形性股関節症で、その8割から9割が臼蓋形成不全という、臼蓋の屋根が浅くなってしまう病気がベースとなっています。これは、先天性もしくは乳児期に発症するもので、約8割が女性です。治療の面では、変形性股関節症で人工股関節置換術の適応となるのは65歳くらいが平均ですが、若くても痛みの出る方もおられます。そういう方に対する専門的な治療を行うのが、人工関節センターの特長です。
Q. 痛みの出方に個人差があるのですね。
A. はい。臼蓋形成不全の程度が強ければ10代、20代で痛みの出る場合もありますし、中程度なら30代、40代、軽ければ60代になってから痛みが出る方もおられます。痛みが出てから初めて臼蓋形成不全だったと知る方もおられますよ。
Q. そうなのですね。では、人工股関節置換術の話から聞かせていただきたいのですが、近年の技術革新で人工股関節もずいぶん進歩しているのではないでしょうか?
A. その通りです。たとえば当初の人工股関節置換術はセメントを使い、骨頭径も22mmと小さなものが主流だったのですが、最近は8割ほどがセメントを用いない、セメントレスの手術になっていると思います。これはセメントレスでも安定した長期成績が残せるようになったからと言えるでしょう。人工関節の成績を左右するのは固定性と耐摩耗性です。人工股関節は材質がよくなりましたし、デザイン・形状もいろんなものが出てきました。たとえばセメントレスの場合、骨との界面が親和性の高いチタン合金製のインプラント(人工関節)を使うことが多いのですが、骨とチタンとを強固に結合させるための工夫が進歩し、骨との固定性が向上しました。また骨頭径が大きめになったことで、ジャンピングディスタンスを大きくすることができるので、脱臼のリスクも低減しています。
さらに最も重要なのは、10年くらい前にポリエチレンライナーの耐摩耗性の向上が実現したこと。摩耗が人工股関節のゆるみの原因となり、耐用年数の長期化を妨げる要因となっていましたから、大きな進歩です。
Q. 耐摩耗性の向上には、具体的にはどのような技術革新があったのですか?
A. ソケットの内側にはめ込むライナーに、高分子のクロスリンクポリエチレンが使われるようになったこと。また、その表面に各社独自の工夫、最近の例ではポリエチレンライナーの摺動面(しゅうどうめん)に水の膜のようなものを作る、"Aquala(アクアラ)"という技術を搭載することで、より一層、耐摩耗性が向上したこと。これが大きいです。このような技術革新が行われたあとは、摩耗粉自体があまり検出されなくなりました。摩耗粉は、骨が溶ける骨融解(こつゆうかい)を起こすこともありますが、その発生を減らすことができるかもしれません(※)。
※臨床上、確認されたものではありません。
Q. なるほど。人工股関節のさらなる長寿命が期待できそうですね。
A. 今の人工股関節を上手に入れると、20年、30年、それ以上というのも期待されますね。結果として出てくるのは十数年先になりますけれども、飛躍的に耐用年数は延びているのではないかと思います。
Q. ありがとうございます。では、股関節疾患の治療に対する先生のお考えをお聞かせください。
A. 先ほど言いましたように、臼蓋形成不全でも若くて症状の出る方もおられますし、また1~2割は若年でも起こり得る大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)の患者さんです。そのような若年層、10代、20代の患者さんに関しては、手術の適応となるのでなければ、関節を温存する「骨切り術」を行っています。臼蓋形成不全から変形性股関節症を発症したケースでは、うまくいけば、そのまま一生大丈夫なこともあります。けれども、どうしても骨切り術が難しい場合、臼蓋側の骨を残すことをコンセプトとしたインプラントを選ぶことも考慮に入れる必要がありますね。ある程度の年齢になられていますと、人工関節の寿命が長くなっていますから通常のもので十分かと思うのですが、若い方の場合、将来の入れ換えのことも考えておかなければいけません。入れ換えのときには骨が残っているほうがやりやすいんです。それに骨という土台が残っていることで、入れ換える人工関節も安定度が増します。
最近は、30代、40代で骨切り術の適応であっても、人工股関節を選択される方が増えてきています。人工関節の寿命が伸びたこと、人工関節にすれば痛みがほぼ取れることに加え、骨切り術は入院期間が長くなり社会復帰が遅れますから、働き盛りの方や子育て中の場合、難しいからでしょう。私は、選択肢をなるべく多くして、患者さんの価値観やQOL(生活の質)などと照らし合わせながら、医師と話し合って、手術を選べる環境を整えることが大事だと考えています。
膝関節の疾患について~靭帯バランスに応じた手術手技~
Q. 膝関節の疾患の主なものは何ですか?
A. 圧倒的に多いのが変形性膝関節症。股関節と違うのは、ベースとなる疾患のない方がなるということです。運度不足や肥満といった環境因子、それに加齢によって引き起こされることがほとんどで、一般的な病気です。人工膝関節置換術の平均年齢も股関節のプラス10歳、75歳くらいですね。
Q. 人工膝関節もやはり進化しているのでしょうか?
A. もちろん日々、改良・改善されていますけれども、実は人工膝関節は、20年以上前のものでも、長期成績が安定しているものがあります。ですので、手術手技が術後の成績をより大きく左右すると言っていいでしょう。
Q. それでは、人工膝関節手術における先生のお考えを聞かせていただけますか?
A. 手術には、膝関節の片側だけが痛んでいる場合、主に内側ですけれども、そのときには片側的置換術と言って、その一部だけを人工関節にする手術と、全置換術があります。当院では9割がたが全置換術の適応となる患者さんです。この場合、私は何よりも、軟部組織のバランスを考えた手術手技が大事だと考え、実践しています。軟部組織をどう整えるかで、長期の成績の善し悪しや満足度が決まってくると思うからです。
Q. 軟部組織を整えるとはどういうことなのでしょうか?
A. 「靭帯バランスに応じた手術」と言い換えてもいいですね。膝を伸ばしたり曲げたりしたときの靭帯の緩さ、内側と外側の緩さをできるだけ均一にするということ。そうでないと不安定感が残りますし、インプラントにも負担がかかります。要は一人ひとりの靭帯のバランスに合わせてインプラントを設置する位置を決め、回旋角度の決定などを行うことが重要ということです。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2013.10.18
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
術後の成績や満足度を高めるためには、患者さん一人ひとりが股関節・膝関節の状態をしっかりと診てもらって、手術法を「選択」できることが大切だと思います。