先生があなたに伝えたいこと
【川那辺 圭一】「一生に一度の手術で一生保つ」を実現するため、人工股関節や手術手技は進化を続けています。
滋賀県立総合病院(現 医療法人社団 昴会 近江市立能登川病院)
かわなべ けいいち
川那辺 圭一 先生
専門:股関節外科
川那辺先生の一面
1.休日には何をして過ごしますか?
子どもの頃から魚、鳥、虫の図鑑が愛読書でした。今でも休日は海、川へ行って魚釣りや投網を打ったり、山歩きで鳥の声や木の香りを楽しんだりしています。また、郷里の滋賀に戻って来たのをきっかけにゴルフを始めました。先日、10年ぶりにコースに出てからやる気が出て、今は2桁のスコアを目指して練習しています。
2.最近気になることは何ですか?
整形外科の専門医認定制度が大きく変わり、研修医、指導医ともに負担が大きくなるのではと心配しています。
Q. 股関節、とりわけ人工股関節の専門家でいらっしゃる先生に、人工股関節にまつわるさまざまなことをお聞きしたいと思います。まずは、そもそも人工股関節が開発された理由は何なのでしょうか?
A. 股関節は脊椎と下肢(かし:股関節から先の脚の部分)とを連結する大変重要な関節です。変形性股関節症によって痛みや関節の動きが悪くなると、生活にも支障をきたします。その場合に「痛みを取り除き」「股関節機能を再建する」必要性から、人工股関節が開発されました。
Q. 変形性股関節症の痛みや動きの制限は、人工股関節によって解放されるものなのでしょうか?
A. 変形性股関節症を発症しますと、最初は階段の昇降や立ち上がったときにだけ痛いのが、歩くときに痛くなり、ひどくなるとじっとしていても痛くなることがあります。それらの痛みは、人工股関節によってほぼなくなるといっていいでしょう。動きの面では、変形が進むと座る、立つ、歩く、階段の昇り降りなどすべてに影響してしまいますし、股関節をかばった動きをしてしまうので、他の部位にもよくない影響が出ることもあります。人工股関節に置き換えることで、基本的な生活活動に問題はなくなりますし、腰や膝、反対側の股関節への負担も軽くなります。
人工股関節の歴史
Q. 人工股関節の手術はどれくらい前から行われているのですか? 歴史について教えてください。
A. 1920年代に米国で股関節を人工物に置き換える手術が世界で初めて行われました。このときの人工股関節は現在のものと比べると、かなり簡単な構造のものです。その後、いろいろなタイプの人工物を股関節の代わりにしようと、英国などで試行錯誤を重ねられましたが、股関節にかかる大きな力に耐えうる固定性がなく、長持ちはしなかったようです。いわゆる「ステム」という形状のインプラントが使われるようなったのが1950年代になってからです。
Q. 少し今の人工股関節に近づいてきましたね。
A. ええ、そうですね。1960年代には英国で関節のこすれ合う面に、軟骨の役割を果たすポリエチレンが採用されました。合わせて、症例に応じてステムの形状を変更することや、手術方法の改良がなされ、術後の成績は良好なものとなりました。現在の人工股関節のシステムはこのころに確立したといえます。1990年代になると、ハイドロキシアパタイト(脊椎動物の骨や歯の主成分であり、リン酸、水酸化カルシウム等の原料から、化学的に合成したもの)をインプラントにコーティングする技術が登場し、さらに骨との固定性の向上が見込まれるようになりました。
さらに2000年には分子構造を改良した超高分子量ポリエチレンが開発されました。これにより関節面の摩耗を減らすことが期待されています。骨になじむ金属と、摩耗しづらくなったポリエチレンで人工股関節の耐用年数が大幅に伸びました。
Q. 2000年に入ってぐっと進化したわけですね。
A. そういえますね。でも実は、低摩耗のポリエチレンはもう40年ほど前に、私が尊敬するお一人である、大西啓靖先生が開発されていました。それが日本で発表されたときは見向きもされなかったそうですが、アメリカで採用されて、日本へは逆輸入という形で入ってきました。このクロスリンクド超高分子量ポリエチレンは、今では世界標準となっています。
Q. 歴史が大変よくわかりました。では、日本ではいつ頃から手術が始まったのですか?
A. 1970年代半ば、イギリスから輸入されたものを使って始まりました。僕らが研修医の頃は輸入されてまだ10年も経っていませんでしたので、手術後のリハビリも慎重を要して、入院期間も3ヵ月ほど必要な時代でした。
Q. 欧米に比べるとずいぶん遅かったのですね。
A. ええ。ですが、日本は今ではインプラントも手術手技も世界のトップクラスとなるまでに成長しています。
人工股関節のいま
Q. 人工股関節にも種類があるのですか?
A. 大きく分けてセメントで固定するタイプとセメントを使用しないセメントレスタイプがあります。開発された当初はすべてセメントタイプでしたが、30年ほど前からセメントレスタイプが使われ始めました。
Q. その2つは使い分けするものなのですか?
A. 医師によって異なりますね。私の場合は、股関節が正常な形態に近い場合はセメントレス、変形の強い股関節にはセメントタイプを使用しています。ほかにも形状や長さにさまざまなものがあり、個々の患者さんの関節の形態や状態で使い分けをしています。
Q. こちらの病院では、セメントレスとセメントタイプではどちらの症例が多いのでしょうか?
A. 大部分の患者さんがセメントレスの人工関節の適応ですね。変形性股関節症の患者さんは、昔に比べて変形の度合が軽度になっている、そんな風に感じます。年齢を経てご高齢になってから痛みが出てきて手術、という方が増えてきています。
その理由のひとつは、先天性股関節脱臼が減ってきて、現在の症例の多くは比較的軽度の先天性臼蓋形成不全が、加齢によって徐々に軟骨が摩耗してきて痛む、という経過をたどるからだろうと思います。もちろん臼蓋形成不全の程度がきついと若いときに症状が出ますが、そうでなければ若いときには普通の生活をされて、年齢がいって自覚症状が出るまで臼蓋形成不全に気づかなかったという方も多くいらっしゃいます。
Q. 股関節脱臼が減少した要因とは何でしょうか?
A. それは予防できるようなったからです。かつてはガニ股を防ぐというので、赤ちゃんの時期に巻きオムツをすることが主流だったようですが、そうすると正常な股関節の形成が阻害されると考えられています。巻きオムツではない、股オムツが推奨されてから劇的に減ったということがあります。
股関節部分を固定する巻きオムツは、臼蓋形成不全の原因となることがある。
Q. そういう事実もあったのですね。ところで、骨盤側(臼蓋側)はそのままで、大腿骨側だけ人工物に入れ替える手術もあるそうですが。
A. 人工骨頭置換術(じんこうこっとうちかんじゅつ)ですね。大腿骨頸部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ)や大腿骨頭壊死(だいたいこっとうえし)では臼蓋側は正常ですから、大腿骨のステムに半球形の骨頭を付けて、自分の体の臼蓋にはめ込む手術です。しかし、みなさんも想像できると思うのですが、軟らかい軟骨と硬い金属がこすれ合うのですから、長年の間には、当然、軟骨はすり減ってきます。ですから今では、大腿骨頸部骨折も大腿骨頭壊死も、高齢の方でない限りは、長期成績のよい人工股関節全置換術を行うことがほとんどです。
Q. お若い方ですと、人工股関節を入れ換える、再置換の可能性もあるかと思うのですが。
A. そうですね。人工股関節に弛みが出てきた場合などには再置換が必要になり、現在の目安では20年で20~30%の確率です。ほかにも数百人に一人の割合で、感染や頻回の脱臼を起こす場合に再置換が必要になることもあります。多くはレントゲン写真と血液検査などで診断がつきますから、定期的な受診を欠かさず、特に違和感を覚えた時には早めの受診を心がけていただければと思います。
Q. 再置換用の人工股関節というのはあるのですか?
A. 再置換では、骨欠損(こつけっそん)の程度によってどういう手術を行うかが決まるんですね。骨欠損といいますのは、骨融解(こつゆうかい:人工関節周囲の骨が溶けてくる現象)などによって、本来は結合しているべき骨と人工関節の間に欠損ができることをいいます。その欠損が大きい場合は、臼蓋側では同種骨移植(本人の骨を移植すること)をして補強プレートで固定するという方法があります。また大腿骨では、残っている部分で十分な固定を得るために、長いステムを使用することもありますし、セメントレスタイプでは、骨と固着しやすいコーティングをステム全面に施したものもあります。治療に当たっては、通常の人工股関節を使う場合も含めて、個々に応じた選択をしていきます。
Q. わかりました。それでは最新の人工股関節はどのような機能を持っているのでしょうか?
A. 歴史のところでも触れましたハイドロキシアパタイトコーティングのほかに、アルカリ加熱処理技術(AHFIX:アフィックス)という特殊な処理を人工股関節の金属表面にすると、体液中でそこから骨に似たアパタイトが析出してくることが期待できる、新しい技術が登場しています。この技術は、表面にコーティング処理をしているわけではありません。従って、コーティング処理で懸念される処理層の剥離という恐れがありません。
※AHFIX(アフィックス)は京セラ株式会社の登録商標です。
Q. 手術も安全性も高まっているのでしょうか?
A. 人工股関節置換術の合併症として考えられるのは、大きくは術後感染症、静脈血栓症、脱臼の3つです。なかでも一番気をつけないといけないのが感染症ですが、当院ではここ数年は発生していません。質がよくなった抗菌剤を適切に使うこと、手袋、シーツ、手術器具の素材などが改良されていること、さらには、スタッフ一同が徹底した感染防止対策を行うことにより、感染の比率は格段に低くなりました。静脈血栓症も新しい抗血栓薬を使用することで減少してきています。脱臼に関しては手術後半年までに起こることが多いのですが、これを防ぐ手術手技の進歩、また、ポリエチレンの進化で摩耗が軽減され、大きな骨頭が使えるようになったことで、やはり減少しています。以前は摩耗を考慮していたために臼蓋側のポリエチレンに1cmほどの厚みが必要であり、今より入れられる骨頭が小さかったんです。そうすると動いたときに骨頭と臼蓋の骨とがぶつかって脱臼を起こしやすかったんですね(下図参照)。現在、私は、大きな骨頭と細いステムのネックの組み合わせで手術を行っています。
Q. 今日は興味深いお話をありがとうございました。最後に、人工股関節の将来について、先生はどのようにお考えでしょうか?
A. 合併症のリスクを限りなくゼロに近づける努力を続けることはもちろん、患者さんの切実な望みは、"一生に一度の手術で一生保つ人工関節置換術をしてほしい"ということだろうと思います。そのためには、後進の育成と手術手技の向上を図ることはもちろん、新しい人工股関節の開発にも積極的に関わっていきたいと思っています。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2014.5.29
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
「一生に一度の手術で一生保つ」を実現するため、人工股関節や手術手技は進化を続けています。