先生があなたに伝えたいこと
【錦野 匠一】関節の疾患には、保存療法や関節鏡治療、人工股関節・膝関節置換術など、症状に応じた様々な治療の選択肢があります。
股関節の仕組みと疾患
Q. まず始めに、股関節はどのような構造になっているのでしょうか?それぞれの部位や働きを簡単に教えてください。
A. 股関節は骨盤の一部である寛骨臼(かんこつきゅう)というお椀状の凹みに、大腿骨頭(だいたいこっとう)という太ももの骨がソケット状にはまり込んでいます。その凹みの周囲に股関節唇(こかんせつしん)という組織が関節の動きを安定させています。また、股関節全体は関節包(かんせつほう)という袋で包まれています。
股関節は歩いたり、スポーツをしたりする際に体の軸として機能する重要な部分です。他の関節とは異なり、骨や軟骨だけではなく、周囲の筋肉や神経なども疼痛の原因となります。
そのためレントゲンだけでなく、MRIやCT、超音波検査などにより評価・診断することが重要です。
Q. 股関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)といって、寛骨臼のつくりが浅いために股関節の一部に大きな負担がかかって痛みが出ることがあります。寛骨臼形成不全をきっかけに加齢とともに変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)を発生することも多いです。
このほか、スポーツなどで股関節唇を損傷することで脚の付け根に痛みが生じる股関節唇損傷(こかんせつしんそんしょう)があります。その多くの原因が股関節を大きく動かした際に大腿骨頸部(だいたいこつけいぶ)と寛骨臼が衝突する大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI)といって、寛骨臼の周囲にある股関節唇が損傷され疼痛を引き起こします。
Q. 治療法について教えてください。
A. 寛骨臼形成不全では、まずは歩容を確認し体幹トレーニングや股関節周囲の筋肉トレーニングなどを通じて股関節の安定性を高め、症状を和らげることを目指します。当院では併設するリハビリテーションセンターで理学療法士が一人ひとりの患者さんの股関節の状態や反応を考慮しながら、からだ全体をみています。
スポーツなどが原因で生じるFAIにより生じた股関節唇損傷に対しては、まずは保存加療の適応になります。体幹・股関節周囲筋トレーニングなども重要ですが、最も重要なのが骨盤可動性です。腰にも関係してきますが、骨盤の動きが硬くなると股関節を曲げる際に大腿骨が骨盤(寛骨臼)とぶつかりやすくなります。そのため、股関節唇損傷をきたした場合、腰痛や骨盤の動きが悪くなっていないかどうか確認することが重要になってきます。このようなリハビリ加療を行っても、症状が改善しない場合には手術適応になってきます。股関節唇損傷に対しては、関節鏡を股関節の中に入れて、関節唇を縫合したり、股関節唇に衝突する骨の隆起があれば骨を削るなどといった股関節鏡視下手術が適用になります。
Q. 股関節鏡手術も適用にならない場合には人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)になるのでしょうか?
A. 患者さんの年齢や関節の機能がどれだけ維持できているかなどを考慮し、傷んだ部分を人工股関節に置き換える人工股関節置換術を適用するかどうかを判断します。
Q. 人工股関節そのものは以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. 人工股関節で軟骨の役割を果たすポリエチレンライナーの素材が進歩し、耐用年数が増したことで様々な年齢層の患者さんに適用できるようになりました。それまでは耐用年数が20年程度とされ、手術は70代以上の方に行うのが一般的でしたが、人工股関節の耐用年数が延びたことで、60代であっても痛みを我慢するより、元気に動けるうちに思い切って手術をして痛みを取るという選択もできるようになったのです。
Q. 人工股関節の手術方法も進歩しているのでしょうか?
A. 体の後方(お尻の方)から侵入することで術野をしっかり確保して人工股関節を設置する従来の後方アプローチ法に対し、当院では術後の脱臼リスクを少なくして、可能な限り痛みが少ないように筋肉と筋肉の間を侵入していく前側方アプローチ法という方法で行っています。できるだけ筋肉を骨からはがさないように手術を行うことで、体に負担をかけずに術後の痛みを少なくし、日常生活に早期に回復できるようになることを目指しています。またCT画像とソフトを用いた3Dテンプレートで術前計画を行うことにより、正確な手術を行っています。
膝関節の仕組みと疾患
Q. 次に、膝関節の構造とそれぞれの部位や働きについても教えてください。
A. 膝関節は大腿骨とすねの骨である脛骨(けいこつ)、膝蓋骨(しつがいこつ)の3つの骨から成り、前十字靭帯(ぜんじゅうじじんたい)、後十字靭帯(こうじゅうじじんたい)、外側側副靭帯(がいそくそくふくじんたい)、内側側副靭帯(ないそくそくふくじんたい)という4つの靭帯が関節の動きを安定させ、半月板(はんげつばん)が膝の軟骨を保護する役割を果たしています。
Q. 膝関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 当院ではスポーツによる半月板損傷と前十字靭帯断裂のほか、加齢によって軟骨が薄くなることで膝に痛みを生じる変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)が多いです。
Q. その治療法について教えてください。やはり保存療法を行い、関節鏡視下手術、悪化するようなら人工膝関節置換術になるのでしょうか?
A. 膝関節周囲の筋肉のバランスを整えることで傷んだ軟骨への負担が減り、膝の痛みが減ることもあります。そのためまずはリハビリ加療をはじめとした保存療法で対応します。一方、来院時に既に変形性膝関節症が進行していることで長らく日常生活動作に支障をきたしている場合もあり、患者さんの症状などを踏まえて治療を行います。
Q. 半月板損傷に関して、こちらでは可能な限り半月板を温存させていると聞きました。
A. ひと昔前は、半月板は傷んでいたら切除するのが一般的でしたが、切除することで軟骨損傷から変形性膝関節症に進行するリスクが高まることもわかってきました。そのため、当院では10代から40代くらいまでの患者さんに対しては半月板を温存することを第一に考えます。半月板断裂の部位や程度によっては治癒しにくい場合があります。その時は手術中に採血を行い、組織を修復させる接着因子を含んだフィブリンクロット(血餅)を作成し、半月板断裂部に挿入して縫合し、可能な限り半月板を温存させる治療を行っています。
Q. 重度の変形性膝関節症に関しては人工膝関節置換術になるのでしょうか?
A. 症状によって、関節の一部を人工膝関節に置き換える人工膝関節単顆置換術(じんこうひざかんせつたんかちかんじゅつ:UKA)か、膝関節をすべて人工膝関節に置き換える人工膝関節全置換術(じんこうひざかんせつぜんちかんじゅつ:TKA)のいずれかが適用になります。
当院でのTKAはナビゲーション支援下で手術を行います。ナビゲーションシステムも併用することで、実際の手術中に画面上で実際の骨切り角度や骨切り量を確認して手術を行います。そのうえで靭帯のバランスもみながら手術を進めていきます。これにより患者さんだけでなく術者にとっても安心かつ安全に手術を行うことが可能になります。
人工膝関節置換術の良いところは、悪いところをすべて人工膝関節に置き換えることによって痛みを取ることができ、O脚がひどい場合には脚もまっすぐに直すことができることです。
Q. 手術の合併症について教えてください。また、合併症を防ぐためにどのような対策をとられているのでしょうか?
A. 最も危惧されるのは感染と血栓症です。感染に関しては抗生剤の投与や、術者が宇宙服のような密閉した手術着を着用して手術を行うなどして対策します。また、血栓症については血流をよくすることが大切ですから、術後、フットポンプを装着して、翌日の離床を目指します。また、できるだけ痛みを少なくし、確実に早期からリハビリ加療を始めることが血栓症のリスクを軽減します。そのために当院では数種類の鎮痛剤を混ぜた多剤カクテル注射を行います。手術中に患部に直接注射しますので、患者さんにとっては苦痛もありませんし、確実な鎮痛効果が期待できます。実際に術後痛みが少なく患者さんには満足いただいています。
Q. 手術後のリハビリは実際にはどれくらいの期間、どのようなことをするのでしょうか?
A. TKAの場合、入院期間は2週間程度です。手術翌日に離床した後、1日2回リハビリを行います。手術直後にはまだ腫れていることもあり、可動域(かどういき:関節を動かすことができる角度)にこだわらず、まずはしっかり膝を伸ばすことを目標に、歩行訓練などを行っていきます。
手術をすると、O脚の状態から膝の形がまっすぐ矯正されるので、自分の膝の状態に慣れるのに時間がかかる方もいらっしゃいます。そのため、正しい歩容を獲得できるまで、退院後もリハビリ加療を行っていきます。
当院では、「アスリートからお年寄りまで」をコンセプトに、併設のリハビリテーションセンターには高齢者やアスリートにとっても体調維持や疲労回復につなげられる酸素ルームや、筋力維持・強化を目的とした様々なリハビリ機器を完備しています。
これは、藤枝市はサッカーをはじめ野球や柔道などの強豪校が多く、80代になってもサッカーを楽しむ方がおられたりと、世代を問わずスポーツが盛んな地域です。そのため、子どもたちのケガの再発予防や高齢者の健康維持など、地域のどんな要望にも応えられる環境を提供したいとの考えがあるからです。
Q. 先生は訪問診療も行われているそうですね。
A. 私の父(院長)が開業以来30年間大切にしてきた地域医療の一部を引き継ぎ、介護施設の訪問診療も行っています。地域の高齢者の方の診察を通じて、健康管理に努めていきたいと思っています。
Q. 先生が医師を志されたきっかけがあれば教えてください。
A. 開業医である父の背中を見ながら、小中高とサッカーに熱中した経験を活かして仕事をしたいと思い、選んだのがスポーツ整形でした。大学病院やラグビーのチームドクターなどの経験を経て、専門医療だけでなく、高齢者を元気にすることにもやりがいを感じるようになりました。
Q. 治療にあたって心がけていることがあれば教えてください。
A. 患者さんが何を求めているのか、患者さんが当院を受診するに至った背景などを理解するように心掛けています。そのうえで、どういう治療の選択肢があり、どのような治療を提供できるかを説明し、納得していただいたうえで治療にあたっています。
Q. さいごに関節の痛みに悩まれている方に向けて、メッセージをお願いします。
A. 当院には、充実したリハビリ機器や経験豊富な理学療法士によるリハビリテーションをはじめとした保存療法や、再生医療(PRP:多血小板血漿療法)、関節鏡視下手術、人工股関節・膝関節置換術など、症状に応じた様々な治療の選択肢がありますので、痛みを我慢せず、ご自身の関節の状態を知るためにも早めの専門医の受診をお勧めします。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2019.11.21
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
関節の疾患には、保存療法や関節鏡治療、人工股関節・膝関節置換術など、症状に応じた様々な治療の選択肢があります。