先生があなたに伝えたいこと
【獅子目 亨】膝関節の変形が進んで歩行機能が落ちてしまい、転倒してケガをしてしまう前に適切な治療を始めましょう。
医療法人朋詠会 獅子目整形外科病院
ししめ とおる
獅子目 亨 先生
専門:膝関節
獅子目先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
子どもが野球に熱中しているので、家に居るときは野球の話題ばかりになっています。宮崎在住なのですが、なぜか親子で北海道日本ハムファイターズのファンなのでその試合結果や動向が気になります。
2.休日には何をして過ごしますか?
子どもの野球のトスバッティングにつき合ったり、一緒にキャッチボールを楽しんだりしています。また、近所には球団がないため、学会に出向いた先でプロ野球観戦に行くこともあります。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. 中高年に多い膝の痛みについて教えてください。
A. 膝関節の痛みは、加齢に伴って膝のまわりの筋肉が落ち、骨粗しょう症などによって骨がもろくなったところに体重の負担がかかって起こるのが一般的です。軟骨が損傷し、骨が変形していくことで痛みが出ます。顔のシワなどと同様に、年齢を重ねて傷んでしまった膝関節は元に戻すことはできません。
Q. どのように傷んでくるのですか?
A. 膝関節を構成する大腿骨(だいたいこつ)と脛骨(けいこつ)の間には、クッションの役割を果たす半月板(はんげつばん)という軟骨があります。これが加齢に伴って傷んでくると、人体の構造上、損傷による痛みが出ないように動きを止めようとして余計な骨が生成され、変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)になっていくことがあります。いびつになった膝関節は曲がりにくくなり、痛みが出てきます。
マラソンなど、膝を酷使することで膝関節の損傷が進むこともありますが、痛みのせいで膝関節を動かさない状態が続くことでも損傷は進んでいきます。膝関節のまわりの筋肉が硬くなって、関節の機能がスムーズに果たせなくなっていきます。
Q. 変形性膝関節症は、どんな方に多くみられますか?
A. 現在、日本では2,560万人ぐらいの患者さんがいるといわれており、そのうちの約7割を女性が占めています。女性は、加齢に伴って女性ホルモンが低下すると筋力が落ち、骨粗しょう症で骨がもろくなりがちです。中には、軟骨が壊死して骨に穴が開いてしまうような方もいらっしゃいます。それによって、変形性膝関節症を起こしやすくなります。ただし男性でもスポーツなどのひねる動作で半月板などを傷める人は少なくありません。
Q. 治療法について教えてください。
A. レントゲン検査で診断し、痛みを抑えるための飲み薬や湿布を処方します。特に重要なのは、変形の進行度合いに関わらず、太ももの筋肉訓練や、膝関節を曲げ伸ばしするリハビリを行うことです。また、歩き方を正しく調整していくことも必要です。それでも痛みが強い方や、膝に水が溜まる方には膝関節内に注射をすることもあります。
Q. どのような場合に手術になるのですか?
A. 半月板が損傷していて痛みがある場合や、毎週のように膝の水を抜いても溜まってしまう場合、痛みで社会生活が送れない場合などは手術を検討します。特に、高齢の方は変形性膝関節症が進み、痛みのせいで身体を動かさなくなると、身体機能が落ちて寝たきりになってしまう可能性があります。また、膝関節の痛みのせいで歩き方が不安定になって転倒し、骨がもろいために簡単に骨折してしまうといったケースもあります。そうした可能性のある方には、手術をお勧めすることもあります。ただし基本的には、すぐに手術を検討することは少なく、2~3カ月程度はリハビリに取り組んでいただいて経過をみてから判断します。
Q. 手術には、いろいろな種類があるのですか?
A. 半月板だけが傷んでいる場合は、半月板を修復する手術を行うことがあります。ほかには、脛の骨を切って角度を変えて体重のかかるバランスを良くする骨切り術(こつきりじゅつ)、膝関節の傷んでいる部分を切除して人工物(インプラント)に置き換える人工膝関節置換術(じんこうひざかんせつちかんじゅつ)のほか、スポーツ傷害に対する手術など、いろいろな種類があります。
Q. 骨切り術は、どのような患者さんが対象になりますか?
A. 特に年齢の制限などはありませんが、ご本人の膝関節を温存する手術なので変形の程度が軽くて靱帯がしっかりと残っていなければなりません。スポーツをされている方や、活動性の高い方に適した手術になります。
骨切り術では、膝関節内には進入せずに脛骨(けいこつ)を切ってご本人の骨を移植、あるいは人工の骨を入れて骨の向きを変え、プレートで固定します。この手術のデメリットは、立ったり歩いたりができるようになるまでのリハビリに時間を要することです。若い方の場合はあまり問題ありませんが、年齢が高くなると長期間入院しているうちに身体機能が落ちてしまうことがあります。
Q. そうした可能性のある方には、人工膝関節置換術を勧めるのですか?
A. 高齢の方の場合は、人工膝関節置換術を選択することが多いです。人工膝関節置換術は、膝関節全体をインプラントに置き換える人工膝関節全置換術(じんこうひざかんせつぜんちかんじゅつ)と、膝関節の片側だけを置き換える人工膝関節単顆置換術(じんこうひざかんせつたんかちかんじゅつ)があります。
膝関節の内側も外側も靱帯も傷んでいる場合は、基本的に全置換術を選択します。一方、単顆置換術は半分だけをインプラントにするため、骨を切る量や出血も少ないので身体への負担が少ない手術です。
Q. あまり進行していない変形性膝関節症には、骨切り術と人工膝関節単顆置換術の選択肢があるのですね?
A. そのいずれかを選択する際にポイントとなるのは活動性です。60代ぐらいの方でも、重労働をされているなら骨切り術のほうが良い場合もあります。一方、あまり動くことがなく、体重も重くなければ、人工膝関節単顆置換術を選ぶようになります。入院期間が短期間で済み、翌日から歩くこともできるため、こちらを希望される方もおられます。患者さんの生活スタイルに合わせて、相談しながら手術法を選んでいきます。
Q. 人工膝関節置換術のメリットを教えてください。
A. 除痛が期待できることと長期的に歩行能力が維持できることです。特に最近、年間約20~25万人の90歳前後の方に、股関節の骨折が発生しているといわれています。これは、膝関節を傷めているせいで歩行能力が保てず、バランスを崩して転倒したことで起きるケースが多いのです。
若い方であれば、膝に痛みを生じた時点で痛み止めを服用したり、注射したりするなどで対処できます。しかし高齢の方は副作用が出るためにそうした治療ができない、変形がひどくて薬や注射が効かない場合があります。そうなる前に、人工膝関節置換術をすると歩行能力を保つことができて転倒予防につなげられます。
Q. 人工膝関節置換術は以前よりも進歩していますか?
A. 手術の創が小さくなり、筋肉をできるだけ傷めないような手技が普及しているため、患者さんの身体にかかる負担が減ってきています。インプラントそのものも、軟骨の役割を果たすポリエチレン素材が丈夫になりました。以前は、ポリエチレンが摩耗してできる微小な摩耗粉が人工膝関節のゆるみの原因になっていましたが、摩耗粉を減らすことができるようになりました。
Q. 人工膝関節に対する、先生のお考えをお聞かせください。
A. 現在、日本の健康寿命は世界でもトップクラスで、女性の約4割は90歳まで長生きするといわれています。しかし、加齢に伴って筋肉が落ち、軟骨を傷め、変形が進んでいくと、立つことができなくなったり、自分でトイレなどに行けなくなったりして介護が必要になります。そう考えると、手術適応になる方であれば、歩けるうちに人工膝関節置換術をするのも一つの選択だと思います。車に例えると、タイヤがパンクした状態でよろよろと走行していると、いつかどこかにぶつけてしまって動かなくなるかもしれません。そうなる前に手術を受けて、自分で自分のことができる生活を維持するようにしたほうがいいと思います。
こうした意味で、人工膝関節置換術は治療の最終手段というよりも、痛みや日常動作に支障があれば、検討することが大切なのではないかと私は考えています。そのため患者さんには、「リハビリや投薬を続けても膝が痛く、出かけるのをあきらめることが5回ぐらいあれば、手術を考えてみてもいいかもしれません」とお伝えしています。身体は元気なのに、膝の痛みのせいで楽しみを我慢するよりも、人工膝関節に換えて元気に動ける期間を延ばせるほうが健康寿命につながるでしょう。もちろん、手術をするかどうかは患者さんが判断されることです。医師としては今後予測される生活上の「できなくなるだろうこと」も説明し、患者さんと相談しながら治療法を検討していきます。
Q. ありがとうございます。先生が医師を志されたエピソードがあれば、教えてください。
A. 祖父が医師だったので、自然に医師になることを目指しました。整形外科を選んだのは、昔からものを作ることが好きで運動器の機能を再建できることに魅力を感じたからです。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2022.10.3
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
膝関節の変形が進んで歩行機能が落ちてしまい、転倒してケガをしてしまう前に適切な治療を始めましょう。