先生があなたに伝えたいこと
【柴田 弘太郎 ロバーツ】歩くということは、よりよい人生をおくるためにとても大切なことです。その意味で、人工股関節手術は歩けなくなってからではなく、まだしっかり歩けるうちに、その方その方の最適なタイミングで受けられるのがよいと思います。
大阪府済生会野江病院
しばた こうたろう ろばーつ
柴田 弘太郎 ロバーツ 先生
専門:股関節
柴田先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
父の仕事の関係で4歳から10年間を米国で過ごして最近も米国へ留学しましたが、向こうの人は陽気で明るいのに対して、日本人には笑顔が少ないことが気になります。国柄もありますが、もうちょっと元気で明るい国民になればいいですね。少なくとも自分の周りはフレンドリーな雰囲気になればと思い、日々患者さんや看護師さんたちに接しています。(笑)。
2.休日は何をして過ごしますか?
まだ小学生の息子と、バスケットボールやインラインスケートなどのスポーツを楽しんでいます。
Q. まず股関節の構造について教えてください。
A. 股関節は人の関節の中で最も大きく、体重と骨盤を支え、立つ、歩くといった動作の要です。寛骨臼(かんこつきゅう)側のくぼみに球状の大腿骨頭(だいたいこっとう)がはまり込むシンプルな構造で、その分、くるくるとよく動きます。関節の周囲は強靭な靭帯と筋肉で補強されています。
Q. 先生は変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)の治療を数多くされていますが、これはどのような疾患なのですか?
A. 軟骨がすり減ってしまうことで骨と骨とが直接ぶつかり、変形や痛みを生じる経年性の疾患です。股関節には、片足を踏み出す際に体重の4倍もの負荷がかかるといわれています。変形性股関節症になる原因としては、日本人の場合、もともと寛骨臼の形成が不十分(寛骨臼形成不全:かんこつきゅうけいせいふぜん)で被りが浅く、体重を受ける面積が小さいので余計な負荷がかかってしまうことがあげられます。また、最近では高齢者の骨粗鬆症(こつそしょうしょう)が合わせて原因となっていることが多くなっています。
年をとって背中が丸くなって骨盤がどんどん後ろに傾くことで、大腿骨頭の被りが浅くなって発症するケースも増えています。傷んだ軟骨は再生することができませんので、進行すれば人工股関節手術が必要になります。
Q. 手術イコール人工股関節手術なのでしょうか?あるいは進行具合によって治療の選択肢はあるのでしょうか?
A. 年齢や変形の度合いによって選択肢があります。たとえば比較的若い方は「軟骨損傷」や、関節唇(かんせつしん)という水道管でいえばゴムパッキングですね、その部分がはがれる「関節唇損傷」が見つかることも多く、その場合は関節鏡の手術で損傷部分を除去したり縫合したりして痛みを取ります。また、寛骨臼形成不全があっても変形が軽度なうちなら、寛骨臼の前外側(ぜんがいそく)に屋根を作るような形で骨を移植し、骨頭の被覆を改善する手術を行うことで、進行を防ぐことが可能です。
Q. では変形性股関節症が進行してしまった場合には、すぐに人工股関節手術が必要になるのですか?
A. まずは保存療法を試みます。関節周囲の筋力や体幹を鍛えるリハビリを行い、消炎鎮痛剤の注射や投薬をします。それでも症状が続くようなら人工股関節手術を考えます。
Q. 手術のタイミングに目安はありますか?
A. 生活に支障が出てくれば検討しますが、活動性には個人差があります。趣味の運動を続けたいとか旅行などに出かけたい方もいれば、家のことができればいいという方もいます。したがって、痛みが慢性化してその方の生活レベルや希望がどれほど制限されているのかが手術をするかどうかのポイントになります。
Q. 人工股関節手術に種類はあるのですか?
A. 大きくはセメントタイプとセメントを使わないセメントレスタイプがあります。セメントタイプは寛骨臼側のカップと大腿骨側のステムを、骨セメントを使って固定します。セメントレスタイプは、人工股関節が直接骨とくっつくような表面加工がなされています。
Q. 先生はどちらを採用されているのですか?
A. 私が採用しているのはハイブリッド方式とよばれるものです。カップ側はセメントレス、ステム側はセメントタイプを使っています。なぜかといえば、カップ側はセメントレスのほうが若干固定性がよいと思いますし、設置しやすいということもあります。一方、大腿骨は患者さんによって形状が異なる上に、人工股関節は寛骨臼側と大腿骨側の設置角度が大変重要です。セメントタイプならその微妙な角度の調整が可能で、術前計画通りに固定することができると考えるからです。
Q. 現在、人工股関節の耐用年数はどれくらいでしょうか?また人工股関節は進歩しているのでしょうか?
A. かつては10~15年で10~12%の人が再置換(さいちかん:人工関節を入れ換えること)になっていましたが、現在は10年以上前に手術した人工股関節でも、そのほとんどが問題がなく患者さんの体の中にありますので、それ以上が期待できます。耐用年数の向上に貢献したひとつとしてあげられるのが人工股関節の進歩です。以前はカップ側に使われているポリエチレンが摩耗して発生する摩耗粉(まもうふん)が悪さをして骨が吸収されてしまい、人工股関節がゆるむということが大きな課題でした。それを克服するために、摩耗しにくい特殊な加工をしたポリエチレンが開発されました。さらに表面に水の膜のようなものを作って摩耗を低減するAquala(アクアラ)という技術も開発されたことで、耐用年数は今後大幅に延ばせるのではないかと期待されます。耐用年数が延びるということは、入れ換える手術をしなくてもよい可能性が高くなるため、手術の適応年齢も、60代から50代、40代へと下がってきています。
Q. 手術手技についても、先生の採用されている方法やお考えをお聞かせいただけますか?
A. 人工股関節は25年、30年と長く使っていただくものですので、最も重要なのは手術時間が短いとか傷が小さいということよりも、いかに正確な角度で設置するかということです。このことを大前提に私が採用しているのは「前側方(ぜんそくほう)アプローチ法」という切開法です。アプローチ法には前方、前側方、後方などいくつか種類があり、それぞれメリットがあります。この前側方プローチ法は、お尻側でなく体の前の方から寛骨臼を見ることができるためその形が見やすく、カップの設置位置をしっかり確認できるという利点があります。また人工股関節は脱臼するリスクがありますが、このアプローチ法は後ろ側の筋肉を切らないために、脱臼を防ぐ意味でも有効だと考えています。
Q. なるほど。それでは手術の合併症と対策についても教えてください。
A. 最も困るのは感染です。人工物の周囲は免疫が弱くなるため、人工物そのものに菌がつくと菌が繁殖する恐れがあります。そうなると人工物を一度抜去して洗浄し、患者さんには抗生物質での治療を行い、沈静まで6週間程度の時間を要するなど非常に大変なことになってしまいます。そのため当院では手術室をクリーンルームにして、術者はサージカルヘルメットという宇宙服のようなものを着用するなど、清潔環境を追求しています。さらに、大腿骨側に使うセメントには抗生物質を混ぜて感染を予防しています。摩耗対策については年に1度は定期検診に来ていただきチェックすることが大事だと考えます。現在ではほとんど摩耗しなくなりましたが、万一摩耗しても初期ならば一部の部品を交換するだけで済みます。脱臼については前述の通り、前方からの手術を行うことと、正確な設置を行うことと、ステムをセメント固定することでそのリスクを低減させています。
Q. ありがとうございました。ところで、先生が整形外科医を目指された理由があれば教えていただけますでしょうか?
A. 幼少時からバスケットボールなどスポーツが大好きでした。そのころからスポーツに関わる仕事がしたいと思い、整形外科の中でも「スポーツ整形」を目指したのです。しかし医者になると、関節が悪くなってスポーツどころか普段の生活にも困っている方がとても多いことを知り、そういう方々の助けになりたいと考えるようになりました。
Q. 歩くことは心身の健康の基本ですよね?
A. 歩くということは、よりよい人生をおくるためにとても大切なことです。その意味で、人工股関節手術は歩けなくなってからではなく、まだしっかり歩けるうちに、その方その方の最適なタイミングで受けられるのがよいと思います。
たとえばですが、アメリカではちょっと痛くなったら手術を受けられます。「10年先にできることと今の若いうちにできることは違う。今できることを今できるようになって、生活を充実させたい」という考え方です。もちろん、いたずらに早く手術すればよいということではありませんが、そういう前向きな気持ちで手術を受けられるのもいいことなのではないかと思っています。
取材日:2018.10.23
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
歩くということは、よりよい人生をおくるためにとても大切なことです。その意味で、人工股関節手術は歩けなくなってからではなく、まだしっかり歩けるうちに、その方その方の最適なタイミングで受けられるのがよいと思います。