先生があなたに伝えたいこと
【松枝 宗則】変形性膝関節症の治療・手術は画一的なものではありません。一人一人にとって、より最適な方法を共に考えましょう。
新潟中央病院
まつえだ むねのり
松枝 宗則 先生
専門:人工膝関節
松枝先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
子どもの教育です。今、受験中ですので頑張ってほしいと思っています。
2.休日には何をして過ごしますか?
マラソンが趣味で、地元の新潟マラソンに参加しています。休みの日はそれに備えての練習をしています。
Q. 初めに、膝関節の構造やそれぞれの部位の働きについて簡単にご説明ください。
A. 膝関節は大腿骨、脛骨、膝蓋骨(しつがいこつ)の3つの骨から成り立っていて、それぞれの骨は靭帯と関節包(かんせつほう)でつながれています。骨の表面は、骨と骨が直接ぶつからないよう軟骨で覆われていて、さらに大腿骨と脛骨の間には半月板があり、衝撃吸収や安定性に大きく寄与しています。
靭帯は4つあります。内側側副靭帯(ないそくそくふくじんたい)と外側側副靭帯(がいそくそくふくじんたい)は、膝関節が外側に倒れたり内側にねじれたりするのを防ぐことによって側方の安定を保ち、前十字靭帯(ぜんじゅうじじんたい)と後十字靭帯(こうじゅうじじんたい)は、膝関節が前後に揺れるのを防いで安定させています。なかでも前十字靭帯は重要で、膝をねじる、回転させるという回旋を制御する働きがありますので、断裂すると膝が非常に不安定になり、特にスポーツ外傷の中では最も重要度が高くなります。
Q. 変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)はどの部分がどのように悪くなってしまうのですか?
A. 長年の負担によって軟骨がすり減ってしまうことで、骨がぶつかって痛みや炎症を起こしたり水が溜まったりして、進行すると関節に変形をきたします。軟骨とともに半月板が傷んでいることも多いです。日本人の場合は、膝の内側の軟骨がすり減ることが多くて、これが進むといわゆるO脚が顕著になります。おそらく全体の90%以上は内側から傷んでいると思います。さらに進行すると摩耗が外側にまで及びます。
Q. 長年の負担、ということですが、それが変形性膝関節症の大きな原因なのでしょうか?
A. そうですね。もちろんそればかりではありませんが、軟骨は徐々に摩耗が進みますから、変形性膝関節症は大きな原因がなくても、加齢や使い過ぎで起きるケースが多いんです。リスクとしては肥満や、もともとO脚気味の方は高くなり、ほかに遺伝的要素もあるといわれています。過去の半月板損傷、靭帯断裂などの外傷、関節リウマチから引き起こされることもあります。
Q. では、変形性膝関節症の治療について教えてください。まずはどのような治療が行われるのでしょうか?
A. 基本的には運動療法を中心に保存療法を行います。様子をみて痛み止めなどを使いながら、大腿四頭筋(だいたいしとうきん)などの膝の筋肉を鍛え、膝が安定してくると屈伸運動で柔軟性を高めます。毎日継続することで痛みがずいぶん楽になる場合もあります。また、潤滑油として関節内にヒアルロン酸を注入することもあります。これも初期の変形性膝関節症にはとても有効です。これらを組み合わせることで痛みが取れる方はかなりいらっしゃいます。その次に装具です。サポーターを装着して膝を安定させたり、靴の底に足底板(そくていばん)を入れたりして脚を矯正します。保存療法で効果がなければ手術が選択肢になりますが、ほとんどの方は症状の改善が期待できます。
Q. 保存療法のみで良い場合もあるのですね。
A. 対応が早ければ、手術に至るほうが少ないのではないでしょうか。そのため、膝の違和感を覚えたらできるだけ早く専門医を受診して、保存治療を始められることをおすすめしたいと思います。
Q. 手術が必要となった場合、種類や選択肢はあるのですか?
A. 初期ならば「関節鏡視下(かんせつきょうしか)手術」で、半月板の傷んでいる部分を切除したり、すり減った半月板がどこかに引っかかっているとしたらそれを取ったり、ザラザラになった表面の軟骨を削ってなめらかにしたりして掃除をします。体の防御反応としてできる骨棘(こつきょく)ができている場合は、それも切除します。
次の段階が「高位脛骨骨切り術(こういけいこつこつきりじゅつ:HTO)」です。O脚の場合、スネの骨を切って向きを変え、金属のプレートで固定し、膝の内側にかかり過ぎている荷重を外側にも分散させることで痛みを取る手術です。HTOで一生過ごされる方もあります。
Q. それでは人工膝関節手術についてお伺いします。この手術自体に種類はあるのですか?
A. 人工膝関節全置換術(じんこうひざかんせつぜんちかんじゅつ:TKA)と人工膝関節単顆置換術(じんこうひざかんせつたんかちかんじゅつ:UKA)があります。
UKAは、悪いほうの片側だけを人工物に置き換える手術です。膝関節の悪くない部分は温存できることがメリットです。何よりも前十字靭帯と後十字靭帯がともに温存できるので、より生理的な動きを期待することができます。膝の曲がりもとても良いです。
Q. 同じ片側だけの手術ということですが、UKAとHTOの適応の違いとは?
A. オーバーラップする部分も大きいので、どちらの手術も可能な患者さんには、両方のお話をして、相談して決めています。「HTOは、自分の骨は完全に温存できて可動域(膝の曲がり)の制限もほぼありませんが、リハビリ期間が長くなるデメリットもあります。UKAでは翌日から歩けるのでリハビリも回復も早いです。」という風に。目安としては、50代くらいまでの若い方にはHTO、高齢の方には、日常生活に早く復帰できるUKAが良いと思いますので、そのようにおすすめしています。
Q. 膝の軟骨全体が傷んでいれば、TKAの適応ですか?
A. 内側と外側、内側と膝蓋骨の関節軟骨というように、複数個所が損傷している場合には、いやおうなくTKAの適応です。正座などに制限が出ることがありますが、何よりもほとんど痛みが取れて、日常生活にほぼ支障がなくなるのが患者さんにとって大きなメリットです。
Q. UKA、TKAそれぞれの耐用年数はどれくらいですか?
A. UKAでは、10年、15年経っても90%の方は問題なく過ごせています。ただ数%の方に再手術のリスクがあると説明しています。TKAでは90%以上の確率で、20年は大丈夫なのではないでしょうか。
Q. 先生は手術の満足度をアンケート調査されたそうですね。その結果はどのようなものでしたか?
A. HTO、UKA、TKAを受けられて2、3年経過した患者さんに、自己申告で評価していただきました。どの手術も90%前後の満足度が出ていますが、可動域はHTOが圧倒的に良いという評価です。そしてTKAよりはUKAが良いですね。一般的にはHTOはスポーツが可能、UKAも衝撃があまりかからないスポーツなら可能だと思います。痛みについては大きな差はありませんが、TKAが一番良く、UKA、HTOの順となりました。HTOは手術のあとに痛みやこわばりが残るケースがあるため、満足度は若干低くいことがわかりました。総合的にみると大差はないにしてもUKAの満足度が最も高い結果でした。このような結果も参考に、病期、状態のほかに患者さんの希望やライフスタイルなども考慮して、手術を選択するのです。
Q. 手術手技も進歩していることと思いますが、最新の人工膝関節手術について教えてください。
A. 手術手技上の進歩としては、できるだけ体に負担をかけない低侵襲での手術が可能になったことがあります。皮膚切開はもちろんですが、関節包や筋肉などへの侵襲もできる限り少なくすることで術後の痛みが低減され、患者さんの満足度向上につながっています。リハビリもスムーズに行えますし、回復も早くなりました。また、手術中にコンピュータを活用したナビゲーションシステムを使うことで、人工関節の設置位置や角度をより正確にするということもできるようになりました。
Q. 人工膝関節自体の進化についてはいかがでしょうか?
A. 摺動面(しゅうどうめん:人工関節のこすれあう面)に低摩耗の超高分子量ポリエチレンが使われるようになったことで、耐用年数が大幅に伸びました。今後、摩耗を抑える工夫やデザイン面もますます良くなるでしょうから、さらなる耐用年数の延びも期待できます。
Q. ありがとうございました。最後に、先生が整形外科医を目指された理由がありましたら教えてください。
A. 学生の頃は陸上部でした。よく怪我をして整形外科の先生にお世話になることが多かったので、この道を選びました。現在、靭帯や半月板損傷のスポーツ外傷の治療もしているので、少しはその時の恩返しができているかなと思います。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2015.10.16
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
変形性膝関節症の治療・手術は画一的なものではありません。
一人一人にとって、より最適な方法を共に考えましょう。