先生があなたに伝えたいこと
【真鍋 等】筋肉を切らない新しい人工関節手術は、患者さんにとって非常にメリットがあると実感しています。
股関節・膝関節の主な疾患と治療法
Q. 股関節・膝関節がご専門の真鍋先生に、人工関節置換術(じんこうかんせつちかんじゅつ)のお話を中心にお伺いします。まずは股関節から、その構造と人工股関節の適応となる主な疾患について教えてください。
A. 股関節はボール&ソケット構造と呼ばれ、大腿骨頭(=ボール)が、寛骨臼(かんこつきゅう)の帽子のようなところ(=ソケット)に挟み込まれる形をしていて、クルクルと動くことができます。疾患として最も多いのは変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)です。股関節脱臼、股関節亜脱臼、寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)など、発育期に骨の成長がうまくいかず、そのまま年齢を重ねて、軟骨がすり減ったり消滅したりして、痛みや変形を引き起こします。このようにはっきりした原因がある場合を「二次性変形性股関節症」といい、骨の発育異常がなくても起こる場合を「一次性変形性股関節症」といいます。一次性の要因はほとんどが肥満と加齢です。
Q. ほかにはどのような疾患が考えられますか?
A. 症例数はそう多くないのですが、大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)があります。何らかの原因でその部分だけ血流が悪くなって栄養が届かなくなり、大腿骨頭が壊死してしまうものです。
誘因にはアルコールやステロイドの多量摂取(※)と、原因のはっきりしない特発性と呼ばれるものがあります。
壊死が小さければ自然に治癒することもありますが、進行すれば結果として変形し、人工股関節の適応となります。
※アルコール関連31%、ステロイド関連51% 厚生労働省2004年全国疫学調査より
そのほかにも、20~30年前までは、股関節も膝関節も、関節リウマチに対する人工股関節・膝関節手術が多かったのですが、幸いなことに、今では新しい薬が開発され手術数は激減しています。
Q. では膝関節についても解説をお願いします。
A. 膝関節は立ったり歩いたりするのに重要な関節で、大腿骨と脛骨で形成されています。2つの骨の間にはクッションの役割をする半月板があり、内側側副靭帯(ないそくそくふくじんたい)と外側側副靭帯(がいそくそくふくじんたい)が内と外の安定性を、前十字靭帯(ぜんじゅうじじんたい)、後十字靭帯(こうじゅうじじんたい)が前後方向の安定性を確保しています。疾患としてはやはり変形性膝関節症が多く、他に骨壊死症もあります。
Q. 変形性股関節症・膝関節症と診断されれば即、手術が必要になるのでしょうか?
A. まずは保存療法が選択肢になります。痛みのあるときはできるだけ負担をかけないよう安静にしていただき、痛む動作や行為をできるだけしないようにすることが最も重要で、とりわけ杖の使用をおすすめします。合わせて、関節周囲の筋力を強化する筋力トレーニングをして、症状に合わせて痛み止めなど薬物治療を併用します。
Q. 痛くても筋力トレーニングはできるものなのですか?
A. 痛みを出さずに座ったり寝たりした状態でできるトレーニングもありますので、リハビリの先生に指導して頂きましょう。
Q. 保存療法で長い年月を過ごすことができるのですか?
A. 膝関節の場合は、一旦症状をゼロにすることができれば、一生手術のお世話になることなく活動することが可能ですが、股関節の場合は手術を避けられないケースがほどんどです。
Q. それでは手術に踏み切るタイミングというのは?
A. 痛くて歩くのも辛くなってきた、というのが目安になると思います。歩く頻度が減ってしまうとどんどん筋力が落ちてきますし、骨粗鬆症が進行します。長く我慢して、手術に踏み切ったとしても、弱った筋肉を戻すのはなかなか大変です。歩けない、あるいは歩かなくなるよりは、早く歩けるようにしてあげるほうが良いと思っています。
Q. よくわかりました。手術は人工関節手術以外の選択肢もあるのでしょうか?
A. 若い方でまだそれほど変形の進んでいない場合は、骨切り術(こつきりじゅつ)もひとつの選択肢になるでしょう。股関節の場合、たとえば若い方で、寛骨臼形成不全であるが関節軟骨は残っている、でもこのままでは間違いなく変形性股関節症へ移行するだろうと予測できる時は、寛骨臼回転骨切り術という手術があります。膝関節の場合では、外側の関節軟骨が残っている方に適応されるのが高位脛骨骨切り術(こういけいこつこつきりじゅつ)です。変形性膝関節症になると9割の方が内側型といって、内側の軟骨がすり減りO脚気味になります。そのため、脛骨に切れ目を入れて、X脚に戻してプレートで固定します。そうすることで荷重線を外側に変え、傷んでいないほうにも荷重を分散させます。すると、すり減っていたところにも隙間が空いてきて、やがて軟骨が再生してきます。
Q. えっ、軟骨が再生するのですか?
A. はい、再生します。線維軟骨(せんいなんこつ)といって、もともとのガラス軟骨よりは質は変わりますが、ちゃんと再生してスポーツなどもできるようになります。
Q. ということは、人工膝関節にならずに済むのでしょうか?
A. その可能性は十分にあります。術後の筋トレと体重コントロールに努力すれば、一生自分の関節でいけると思います。
Q. プレートはいつまで入れておくのでしょうか?
A. 1年から1年半です。プレートを抜く手術も短期入院は必要ですが、術後痛もほとんどなく、すぐに歩行・復職が可能です。
Q. こちらの病院では変形性膝関節症において、単顆人工膝関節置換術(たんかじんこうひざかんせつちかんじゅつ:UKA)の症例数が大変多いとお聞きしております。これはどういう手術で、どのようなメリットがあるのでしょうか?
A. 膝関節の片側、多いのは内側ですが、そこだけが傷んでいる場合です。全部を人工物にする全人工膝関節置換術(ぜんじんこうひざかんせつちかんじゅつ:TKA)とは違い、正常な部分はできるだけ残してあげて、傷んでいるところだけを人工物にする手術です。体への侵襲が少なく、靭帯もすべて残せるので、より自分の膝らしい生理的な動きが獲得できます。しかし、変形が進行し過ぎている場合などではTKAが適応となります。
Q. 高位脛骨骨切り術も片側だけが傷んでいる場合とのことですが、それぞれどのような患者さんに適しているのでしょうか?
A. 基本的な考え方として、骨切り術は若い方、スポーツをしたいなど活動性の高い方が対象です。高齢の方や、痛みなく歩ける程度の生活を取り戻したいという希望をお持ちの方にはUKAが適しています。耐用年数では、TKAのほうが優れているといわれていますが、最近ではUKAも20年以上の成績が出ています。
Q. 手術法について教えてください。新しい手技(アプローチ)というのはあるのでしょうか? 人工股関節の手術について教えてください。
A. 股関節の人工関節手術では大きく前方、前側方、側方、後方という4つのアプローチがあるのですが、当院では前側方アプローチを採用しています。前側方アプローチは筋肉の間から入り、筋肉を傷つけることなく完全に温存できる、いわゆる筋間アプローチともいわれます。以前は筋肉をはがしていたのですが、このアプローチでは大腿筋膜張筋(だいたいきんまくちょうきん)と中殿筋(ちゅうでんきん)の間から入ります。特に、重要な中殿筋を傷つけないことで、術後の回復がとても早くなりました。手術時間も1時間前後と早く、術後の痛みも低減できます。痛みに関しては神経ブロックなどでコントロールする技術も進化しています。痛みの神経は、筋肉や骨の膜などの表面にあるので、筋肉を傷つけないということは痛みが減らせるということです。また、神経があるところは一緒に血管が走っていますから出血も少なくて済みます。したがって、以前のようにあらかじめ自己血を取っておく必要もなくなりました。もちろん、極端な貧血の方などでは輸血が必要になることはあります。
Q. 手術時間が短い上に、出血量も術後の痛みも少なく、回復が早い...。患者さんには福音ですね。人工股関節そのものにも種類があるのでしょうか?
A. 私は、セラミック・オン・セラミックという組み合わせの人工股関節を使っています。臼蓋側も骨頭側も共にセラミック製です。もう800例くらい手術しました。セラミックはほとんど摩耗しないことがその理由です。摩耗すると、摩耗粉(まもうふん)が原因で骨がやせて人工股関節がゆるんでしまうことがあります。摩耗粉が出ないので、ゆるむリスクを下げることができます。そのため、比較的若い方にも積極的に手術を行えます。
Q. 最新の手術手技とセラミックの人工股関節で、耐用年数はどれくらいなのでしょうか?
A. トラブルがなければ、50年は大丈夫なのではと思っています。
Q. 50歳の方でも100歳! それは心強いですね。人工膝関節手術にもそのような新しい手術法などはあるのでしょうか?
A. 股関節と同じように、筋間アプローチという概念の手術法があります。太ももの筋肉を内側から全部外へよけて展開する方法です。以前は大腿四頭筋(だいたいしとうきん)を切って展開していました。筋肉を残すことのメリットは股関節と同様です。早期から膝がよく曲がりますし、痛みが少なく回復が早いです。
Q. 人工膝関節の耐用年数は?
A. 20年から30年は大丈夫だろうと思います。人工膝関節ではクッション部分にポリエチレンを使用するのですが、摩耗の少ないポリエチレンが開発されて、以前と比べてずいぶん耐用年数が延びました。
Q. 股関節、膝関節とも筋間アプローチの利点が大変よくわかりました。手術後の入院期間は実際どれくらいでしょうか?
A. 平均3~4週間ですね。もう少しリハビリしたいという方は、回復期リハビリテーション病院へ移っていただき、ゆっくりリハビリを継続していただくこともあります。回復状況や生活状況は個人差がありますし、退院の時期は、当院では基本は患者さんに任せています。
Q. 最後に、人工関節手術をした患者さんに対して、アドバイスがありましたら教えてください。
A. みなさんは、長い期間痛みを我慢されてきた後に、思い切って手術をされ、ようやく痛みが取れたのだと思います。人工関節は大事に使ってほしいのですが、それは使わないということとは違います。歩いて、ほどよく運動をして、旅行とか今までできなかったことをどんどんやって筋力と骨強度を保ってほしいですね。
取材日:2016.3.9
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
筋肉を切らない新しい人工関節手術は、患者さんにとって非常にメリットがあると実感しています。